その後。
札幌都心は、排雪が進みました。
見通しがきく方が、交通障害をふせげるのだとは思います。
こちらは、のぞかれるのを待っている雪でしょうか?が、一方で、この壁が街を暖めているようにも思えます。
雪の日の暖かさについては、サッポロ シティ フォーカスPART?で、少し考えたところを書きました。
と、写真を撮っていると、ふと視線を感じました。近くの書道教室に来る途中の母でした。今日は、ここから先はまったく私事ですので、ご関心のない方はパスして下さい。
今週喜寿を迎え、片側の耳が不自由で、心臓疾患もありますが、旅行にもよくでかけ、40からはじめた習事もずっと続いて様々な役を引き受けています。互いに忙しいので年に何回かしか逢いませんが、2,3回はたまたま道で、今日のように会うのが不思議です。
「あら?」「だいじょうぶ?」プレゼントしたレッグウォーマーを見せてくれて、「暖かいわ。」といいます。「そうそう、東京にも雪が降ったって、ブログにコメントがきてたよ。」と母の弟の娘さん、つまり従妹の話をしました。
「そう!滑って大変だってね。おばあちゃんは、もう外にはでられないけれど・・・。」90歳代後半の祖母を、従妹のお母さんが看てくれています。
母方の祖父は、もう他界したのですが、孫たちに、豊かな知性でもって端的に世界を説明してくれました。昔、祖父母の家は、三重県にあって、春休みには家族で泊まりにゆきました。今でも春になると、祖父母と海に近い平屋の木造住宅を思い出します。広い砂浜も、穏やかな海も、蛤や海苔のかおりも、桜貝の色も・・・。
従妹家族は、夏休みにきていたようです。ほとんど会うことなく過ごしてきましたが、互いにブログをはじめてからは、時々、コメントをくれたりします。東京暮らしの長かった妹が紹介してくれたのです。
祖父母の思い出を介した、少し夢物語のような感じを互いに持っていたのでしょう。愛読書についての、他の人の感想文を読むような想いがします。
少し、理科的な疑問を持つとき、祖父や、父や、母は、上手に答えてくれたな・・・と甘えた気分になります。祖母は、編み物と植物と家事が好きな優しい人でしたが、もう二十年近く会っていません。
祖父母は、かなり老いてのち、従妹家族と住みました。つい数年前まで、こちらも従妹のお母さんとほぼ同じ境遇でした。従妹への羨ましい想いと、従妹のお母さんのご苦労を気の毒に思う気持ちが、ないまぜになったまま、まわりで雪が結晶するような心持がしています。