輝きのペイン、失意に残されるヴィジョン。
あいにく、満天の星を見たことは、ありません。写真や、人づてに聞く話から想像します。
カントのいう「上なる星をちりばめた天空と内なる道徳法則」に従って、生きる術を持ちにくい都会人です。
「うきよの栄えは目を惑わし、いざないの声も耳にみちて、こころむるものが内外にある」中、それでも、人間を好きでいたい。
数多くの人々と接して、それぞれの方々の生きる輝きを喜んでいたい。
と思いつつも、どう関わってよいのか、踏み迷うことも多い。
札幌大通公園のイルミネーション。
電飾に飾られて美しくなった木の枝が、暑さから助けを求めるように、隣の木に手を伸ばしているようにも見えます。逆に、温かい木が、裸木の冷たい手を温めようとしているようにも見えます。
学生時代の友人とは、そんな風に会話します。彼女の涼やかなふくらみのある声をきくだけで安堵します。
向こうも、大きな辛い出来事が波のようにやってきたとき、私がいることで生きてゆこうと思ったといってくれています。
お互いに、もうこれは限界という時のみ話をし合っているような気もします。
普通の時や、やや調子が上向いている時は、結構、鋭い言葉を投げあうので互いに敬遠します。
が、相手の崖っぷちは、30年の勘でどういう訳かわかります。
聴く側は覚悟を決めて、自分が痛むのを恐れずに、冷静に質問の角度を考えます。
意気消沈している側は、ともかくも心を開いて、やみくもに話をしている内に、どういう訳か絡まりあった糸が、ほぐれてきます。
その後は、互いに気恥ずかしくて、数ヶ月連絡できませんが・・・。